小林一三氏は阪急電鉄の創業者です。
小林米三・公平・公一氏らはその一族で、阪急電鉄の社長などを務めていました。
そんな小林一族の経歴や総資産などを紹介していきます。
目次
小林一三・米三・公平・公一氏の経歴
小林一三氏は、山梨県に生まれます。
生まれてすぐに母親が死に、父親とも生き別れたためおじ夫婦に引き取られました。
その後、福沢諭吉が塾長であった慶應義塾に入ります。
そして1892年、慶應義塾正科(現慶應義塾大学)を卒業し、三井銀行(三井住友銀行の前身)で勤務します。
様々な支店での勤務を経て34歳の時に退職します。
退職後は、阪鶴鉄道監査役と箕面有馬電気軌道株式会社専務取締役に就任します。
1911年宝塚新温泉営業を開始します。
2年後、宝塚歌唱隊を創りました。
1929年、阪急百貨店を開店します。
1932年東京宝塚劇場を創立します。
1935年、大阪阪急野球協会(現オリックス)を創立します。
1937年東宝映画株式会社を創立します。
その後も様々な事業を行い、1957年に84歳で亡くなりました。
小林米三氏は、小林一三氏の三男として生まれました。
京都帝国大学を卒業し、京阪神急行電鉄(現阪急電鉄)の社長を務めていました。
1969年に在職のまま亡くなりました。
小林公平氏は、山梨県に生まれます。海軍兵学校を卒業後、慶應義塾大学経済学部を卒業し、三井銀行を経て、阪急電鉄へ入社します。
阪急電鉄では、社長、会長、相談役を務めました。
小林公一氏は大阪府に生まれ、慶應義塾大学法学部を卒業後、阪急電鉄に入社します。
1989年から宝塚歌劇の制作部門に異動し、星組プロデューサーを務めました。
1993年に本社勤務となり、1996年に歌劇団理事に就任しました。
2005年阪急ホールディングス取締役に就任、2006年阪急阪神ホールディングス取締役に就任しました。
その後様々な役職につき、現在阪急阪神ホールディングス常任監査役に就任しています。
小林一三・米三・公平・公一氏の総資産は?
個人の資産は分かりませんが、阪急電鉄の資産は約一兆300億円です。
小林一三・米三・公平・公一氏から学ぶ成功法則
小林一三氏の名言から成功法則について考えていきます。
金がないから何もできないという人間は、金があってもなにもできない人間である。
人の抱える不満の多くは、「~がない。」ということだと思います。
しかし、ビジネスとは与えられるものではなく、作り出すものです。
お金や時間を与えられても、根本的な解決にはなっていないため、良い成果を出すことはできないでしょう。
時間もお金も限りあるものです。
まずは、今ある資産をどう使って成功させていくかを考える必要があると思います。