重田康光氏(光通信)の経歴と資産!学ぶべき成功法!


重田康光氏は、株式会社光通信を創業し、代表取締役会長兼CEOを務めています。

1999年に東京証券取引所第一部に当時最年少で上場し、光速で稼ぐ男とも呼ばれました。

そんな重田康光氏の経歴や総資産などを紹介していきます。

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重田康光氏の経歴

重田康光氏は東京都で弁護士の父親の元に生まれました。

巣鴨高校を卒業後、針灸の専門学校に入学しますが、即退学してしまいます。

その後、日本大学経済学部に入学しますが、これもすぐ中退してしまいます。

1988年、株式会社光通信を創業します。

1991年、有限会社光パワーを設立し、代表取締役社長になります。

1996年、光通信を株式店頭公開しました。

1999年、株式会社ソフトバンクの社外取締役に就任しました。

しかし、2000年に携帯電話架空契約事件が発覚し、株式会社ソフトバンク社外取締役を辞任します。

2001年に光通信の再建のために私財100億円を投じます。

2003年に代表取締役会長兼CEOに就任します。

そして2004年、光通信の黒字化を実現し、事業再建を成功させました。

2005年、有限会社ミツ、有限会社マサ、有限会社テツの代表取締役社長になります。

重田康光氏の総資産は?

重田康光氏は、1999年に、フォーブスに世界第5位の個人資産を持つ富豪として紹介されました。

そのときの総資産は約2兆6000億円といわれています。

現在の総資産は1395億円といわれています。

重田康光氏から学ぶ成功法則

重田康光氏が創業した株式会社光通信の企業方針などから、成功法則について考えていきます。

光通信は、集団成功主義、実力主義、元気主義の三大主義を企業方針に掲げています。

集団成功主義とは、様々な考え方を持った人達全員で成功を目指していこうという考え方です。

ここでいう成功とは、利益を出すことです。

利益を出すことで日本一や世界一を目指して、企業に関わる人全員が幸せになることを目指しています。

実力主義とは、とにかく結果を重要視するという考え方です。

これが光通信の最大の特徴です。

年齢、性別、国籍、経験は関係なく、成果を出した人を役職や報酬などの様々な形で評価します。

結果を出した人は早い人は3ヶ月で課長代理、半年や一年で課長となった人もいます。

元気主義とは、常に士気が高く活力ある状態を保とうという考え方です。

光通信では、朝から朝礼を行い、声を出して気持ちを高めているそうです。

これらの三大主義から分かるように、光通信はかなり体育会系の企業です。

朝礼などを行っている会社は少なくなってきていますが、時にはスマートな経営だけでなく、荒っぽいやり方をしても良いと思います。

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